2.しほを適当にダベる


バトル物やスポーツ物は星の数ほど存在するが、『ガールズ&パンツァー』(ガルパン)ほど「嫌な奴」の少ないアニメも珍しいだろう。
より正確には、ほとんどの憎まれ役が、嫌な奴じゃなくなっていくのだ。

憎まれ役を別の言葉で表現すると、主人公と周囲の人間をいぢめたり困らせたりする『悪い奴』だ。
序盤では、みほに無理やり戦車道を履修させた生徒会長・角谷杏と広報・河嶋桃。
ただし副会長の小山柚子は、生徒会長室における攻防で、
「今のうちに謝っておいた方がいいと思うわよ。ね? ね?」(第1話)


というセリフと、その時の格好が何か良かったんで、(一般的には、あのシーンが柚子=腹黒説の根拠の一つになっているわけだが)最初から「生徒会の良心」と受け取っていた。

というか、華といい柚子といいあけびといい、私は垂れ目でオットリかつオッパイに悪感情を抱けないようだ。
だから、そういう詐欺師が現れたら、丸裸で街に放り出される事になるだろう。

話を戻す。

生徒会長の場合、みほに対する戦車道強要から、友人を庇う沙織と華に向かって放った「あんたたち、この学校にいられなくしちゃうよ」(第1話)の一言で、その印象が最悪になった。


それが、第3話の作戦会議における、「西住ちゃ〜ん、どうかした?」から「西住ちゃんがうちのチームの指揮とって」で、
「あれ? そんなに悪い奴でもないんじゃないか?」


さらに、第4話で試合に負けた時、桃がAチームにあんこう踊りを命じた直後、
「まぁまぁ、こういうのは連帯責任だから」と言うのを聞いて、
「いやいや、こいつ結構いい奴なんじゃないのか?」


そして第7話の「西住ちゃんのおかげだよ。ありがとね」や第8話の会長室における一連の言葉、さらに「わたしらを、ここまで連れてきてくれてありがとね」をはじめとする第9話以降の言動によって、会長のイメージは完全に善へと変わった。
   

一方、桃の場合は、人格崩壊劇で笑わせてもらってはいたものの、ずっと「嫌な奴」感は払拭できなかった。


それが、8話における「廃校」発言で彼女が必死だった理由を知り、プラウダに勝った後、みほに対して頭を下げる姿(第10話)を見せられ、さらには優勝後、エンディングまで泣き通されてしまっては、マイナスイメージなど雲散霧消だ。
  

もっとも、仲間の「嫌な奴」が、実は「いい奴」だったとか、何かの事情があって憎まれ役を演じていたというのは、よくある話。
それに対して、敵の嫌な奴の役回りを考えてみると、視聴者の溜飲を下げるために負ける『斬られ役』が大半だ。

しかしガルパンでは、「やられやがった。ざまあみろ」というキャラが、ほぼ皆無だった。
その理由を言えば、

☆常に上から目線だったが、試合後には敬意を示すティーセットをみほに贈った聖グロリアーナのダージリン(もっとも、彼女を『嫌な奴』と感じた人は、ごく少数だったろうが)


★無線傍受を逆手に取られて追い回され、最初の余裕はどこへやら、見事なまでの錯乱状態に陥ったサンダースのアリサ


★大洗女子など最初から歯牙にも掛けない態度だったが、早撃ち勝負に負けた後は、車長代理(おそらくファイアフライ砲手)の体に身をもたせ、満足げな笑みを浮かべたサンダースのナオミ


★自慢の包囲網を破られて頭に血が上り、ダブル鬼ごっこの末に負けて涙を流した後は、自らの足で地面に立って、みほに握手を求めたプラウダのカチューシャ


★みほに対して何かと突っかかっていたが、もくもく作戦以降は「何やってんの!?」しか言えなくなり、ついには必死の形相で「待ってて下さい、隊長!」と叫んだ黒森峰の逸見エリカ


など、彼女達が見せる言動の変化によって、それまでの悪事(?)や暴言の印象が薄れたためなのだが、その理由は、監督の水島努がインタビューで語った言葉、
 敵チームといえば、本当に嫌なキャラクターを出したくありませんでした。試合中は敵だけど、試合が終わった後の清々しさをすごく大事にしたいなと。〔第6巻『鑑賞の手引き』〕

その意図を汲んだ脚本の吉田玲子が、自然とマイナスイメージが消えていくような脚本を書き、『いつの間にか印象転換』に視聴者を導いたのであって、たとえばキャラクター原案の島田フミカネは、自分の描いたキャラクターの内、サンダースの3人が悪役と聞いて、かなり心配したようだが、
 でも、ある段階から憎めない悪役なんだというのがわかって。それはすごくよかったですね。〔コンプリートブック〕

さらに、チーフ・プロデューサーの湯川淳によれば、
 水島監督もおっしゃってますけども、キャラクターはかわいく、戦車はカッコよく。そこに関しては一切妥協されなかった。〔コンプリートブック〕

ただ、嫌われ役を作らなかったのは、それだけが理由ではないだろう。
アニメでも実写でも、実在の兵器を用いた戦いで主人公=日本人が勝ち、憎まれ役がやられて「ざまーみろ!」という展開になると、面倒くさい連中が出て来て、隅にもない事で騒ぎ立てる。
それを未然に防ぐためには、憎まれ役の存在を消去する必要があるのだ。

大体ガルパンは、放映前から戦車の扱いに、これ以上ないぐらい気を使っている。
宣伝プロデューサーの廣岡祐次によると、
 TV放送前に行った第1話先行上映会までは、戦車の動く描写を表に出さないことを徹底してました。ミリタリーファンは思い入れが強いところがあるので、放送前から戦車を前面に出すと、作品自体が戦車に引っぱられてしまう可能性があります。〔アルティメット・ガイド〕

だから、最初に出されたプロモーション・ビデオは、みほのホンワカした声で、『女子高生』だの『普通』だのを強調した後、取って付けたように「ちょっぴりスパイス戦車道」と言うに留まっているし、


水島自身も、放送前に発表したコメントで、女の子があんなことやこんなことを、と散々書いた末に、たった一言、
『それから、戦車が少し出てきます。』

また、放送前のインタビューでは、新作=ガルパンの中で戦車が占める位置を聞かれて、
 水島 付け合わせというか、添え物というか……パクチーみたいな感じですね。そこそこ癖も主張もありますが、あくまでメインではない、と。まあ「あ、戦車も出てくるんだな」くらいに思っていただければいいんじゃないかと。〔出典不明〕



これは、戦車だけが売り物と思われるのを嫌ったばかりでなく、何でも戦争に直結させて批判したがる戦争バカに、目をつけられないためでもあっただろう。
実際、ガルパンの放送終了後には、中国の軍事新聞が『日本の右傾化の証拠』とする記事を掲載しているし、日本共産党や日教組に籍を置く面々も、戦車が出て来るというだけの理由で非難の声を上げて下さっている。
それを放送前に方々でやられていたら、一般的なイメージの悪化は避けられなかっただろうし、それが原因でファンを獲得できなかった場合、不人気なまま1クールでさっさと終了し、ガルパンは『水島の黒歴史』として語り継がれる事になったかもしれない。

現実では、幸いにもマスコミ各社が、大洗町の復興にガルパンが一役買っている事を喧伝しているのみならず、そこから進展させて『アニメの聖地と地域活性化』などに言及する学者まで出て来たため、何でも右傾化に結びつける左巻きな連中も、うかつに物が言えない状況にあるが、もちろん放送前は、そんな事など思いも及ばなかったはずだ。

話を戻す。

こうして憎まれ役のキャラクターを、丁寧に消して行ったガルパンだが、個人的に西住しほだけは、しばらくマイナスイメージを払拭しきれないでいた。


その理由は、第7話におけるみほの回想で、しほが口にしたセリフ。
 「西住流は何があっても、前へ進む流派。強き事、勝つ事を尊ぶのが伝統」
 「犠牲なくして、大きな勝利を得る事は出来ないのです!」
という言葉を聞いた瞬間、
「いや、『戦車道』って武道なんでしょ? 武道が勝利に執着しちゃダメなんじゃないの?」
と思っちゃったからなんだった。

そもそも現実世界における武道は、ここで私が改めて言うまでもなく、心技体の内、何より『心』を重んじるものだ。
日本一を決める大会で優勝しても、眉一筋さえ動かさない剣道の例からも分かるように、敗者の気持ちを慮(おもんぱか)って、感情を面に出さないように努める。
それが世界に類を見ない、日本における『道』の特徴の一である。
したがって、全ての大会においてガッツポーズが当たり前になった柔道や、何かにつけて喜怒哀楽を全身で表現するようになった大相撲には(大関・横綱昇進の際の挨拶では、相変わらず「相撲道に精進し云々」と言っているが)、すでに『道』を名乗る資格がない。

もっともガルパンの世界では、試合こそ『礼に始まり、礼に終わる』事になっているが(第2話)、例えば全国大会の抽選会で、対戦相手が弱小校・大洗女子に決まって喜ぶサンダース大付属の面々(第4話)や、その大洗女子が試合に勝って大はしゃぎする姿(第6話)を見れば、現実世界の『道』ほど感情の発露に厳しくはないと思われる。
 

そこらへんの設定に関しては、どこにも記述がないため、確たる事は言えないのだが、それより何より疑問に思ったのは、「勝利こそ第一義」とする西住流を学んだ場合、どこまで心が成長するだろうかという点。

強き事、勝つ事を尊ぶのが伝統」という事は、裏を返せば、全ての負けは単なる負けであり、「惜しいゲーム」とか「ナイスゲーム」は存在しないのだろう。
すなわち、敗北の後に待っているのは、叱責⇒反省⇒分析⇒練習という感じだろうから、連敗したり自分のミスで負けたりした場合、よほど精神力が強くない限り、みほのように挫けるか、アリサのように手段を選ばない方に向かってしまいそうだ。
したがって西住流戦車道は、誰でも出来る「乙女のたしなみ」と言うよりは、むしろ一人前になった女性が、さらに自分を高める目的で学ぶ流派のような気がする。

この憶測が外れているか間違っているかは知らないが、いずれにせよ、しほの『勝利が一番、犠牲は二番』を聞いて、頭の中に『西住流≠武道』の公式が出来上がってしまったため、
 「あの子[=みほ]に勘当を言い渡すためにね」(第8話)
 「帰るわ、こんな試合見るのは時間の無駄よ」(第9話)
 「…勝ったのは相手が油断したからよ」(第10話)
 「あんなものは邪道よ」(第10話)
というセリフが、いちいち癇に障ったもんだから、最後に1人、遠くから拍手を送る程度では、とてもチャラには出来なかったのだ。

が、何度もBDを見ている内、第8話以降のセリフが、単純なものではない事に気づいた。


I.「あなたは知っていたの?」


第8話の西住邸で、みほの記事が掲載された新聞を前に、しほがまほに向かって放つ言葉である。
このセリフを初めて聞いたとき、みほが大洗女子で戦車道を再開した事を知らなかったしほが、地元紙に載った記事を見て怒ったのかと思ったんだが、少し考えれば、知らない方がおかしいのだと分かる。

まず、大洗女子の特別講師・蝶野亜美は、しほを『西住師範』と呼び、みほを『お嬢様』と呼んでいる(第2話)。


そこで、現実の日本で、他人の娘を『お嬢様』と呼ぶ機会を考えてみると、皮肉っぽい用法や社交辞令を抜きにすれば、明確な上下関係の中で、下の人間が上の人間に用いる場合が多いのではないかと思われる。
しかし、彼女の表情や口調からは、義務感とか揶揄とか阿諛追従といった感じは受けなかったため、しほの事を本気で尊敬しているからこその「お嬢様」なのだろう。

ちなみに彼女は、戦車道初心者ばかりの大洗女子の面々に、『戦車は難しくない』という事を植えつける意図があったのか、最初の授業(第2話)で、
 「戦車なんてバーッと動かしてダーッと操作してドーンと撃てばいいんだから
 「つまり、ガンガン前進してバンバン撃ってやっつければいいわけ
と、生徒会長さえ呆れるような表現を用いて、戦車道を説明しているが、それが先ほどより取り上げているしほのセリフ、
 「西住流は何があっても、前へ進む流派。強き事勝つ事を尊ぶのが伝統」(第7話)
と見事に合致しているのが興味深い。

話を戻す。

このように、しほを尊敬している亜美が、思わぬ場所でみほの姿を見たとなれば、当然しほに報告するだろう。

また、昔は戦車道が盛んだった大洗女子(第9話)が、20年ぶりに戦車道を復活させて(第7話)全国大会に出場するとなれば、しほも戦車道に携わる者として興味を持ち、一通りの調査をするだろうだから、すぐ西住みほの名前を見つけるに違いない。
 

ところで水島は、劇中における戦車道について、
 馴染みがあるけど決してメジャーな武道ではなく『ああ、あるね、そんなの」ぐらいの存在感。〔第6巻『鑑賞の手引き』〕
と語っているが、その一方、「生中継は決勝だけですよ」という華のセリフ(第5話)から、決勝戦以外の試合も、ダイジェスト版などのTV放送はあると思われる。


また、『せんしゃ倶楽部』内のTVで流されていたスポーツ・ニュースでは、そこそこ歴史がある自転車ロードレースの話題に続いて、国際強化選手になったまほのインタビューを放映した事から(第2話)、意外と話題性が高いようだ。


さらに、年配の女性が通りがかりの戦車を一目見て、
 「あら、IV号、久しぶりに動いてるの見たわねぇ」(第3話)


と喜ぶ姿や、聖グロリアーナとの練習試合を前に、30代と思しき女性が母親に、
 「地元チームの試合は久しぶりだね」(第3話)


と嬉しそうに言う姿、それから全国大会の観客席に小学生っぽい子供がいるところ(第6話など)を見れば、
 

戦車道ファンの年齢層が、かなり広範にわたっていると分かる。

ついでに、レオポンさんチーム・スズキのプロフィールに、
 プロの戦車道チームのオーナーになるという、大きな夢を持っている。〔『選手名鑑』〕
とある事から、興行として成立するだけのファンが存在するのだろう。

そして、〔第3巻『鑑賞の手引き』〕には、大学やセミプロの戦車道チームがあると察せられる文章が出ている事から、
 高校<大学<セミプロ(社会人?)<プロ
と、現実の人気スポーツ並みに、それぞれの世代で競技が行われているようだ。
(なお、『ガールズ&パンツァー リトルアーミー』[槌居・著]では、中学生のまほが大会に出場した旨の記述があるが、ノベライズおよびコミカライズ作品は、全てパラレルワールドであると考え、ここでは考慮に入れない)

これらの事から、戦車道という武道は、
 ・メジャーではないが、認知度は高く、ファン層も薄くない
 ・高校生の全国大会が、TV放送される(決勝は生中継)
 ・日本代表の話題は、有名なスポーツと同等に扱われる


そのぐらいの『スポーツ』なら、全国大会の試合結果は、その日のスポーツニュースで伝えられるだろうし、翌日の朝刊でも報じられるはずだ。
すると1回戦、大洗女子は優勝候補の一角・サンダース大付属高に勝利したわけだが、同じく優勝候補である聖グロリアーナの試合が、大洗女子と同日に行われていたとしてもこちらは問題なく2回戦へとコマを進めているから、ニュースで主に取り上げられるのは、『大番狂わせ』の方に違いない(他の優勝候補――黒森峰やプラウダの試合は、大洗女子の1〜2日後(第6話)となっている)。

(※)『 聖グロリアーナ[神奈川]×黒森峰女学園[熊本]への道』[鈴木貴昭・著]では、大洗女子と聖グロリアーナの1回戦を同日開催としているが、トーナメント表を見る限り、聖グロリアーナの試合は大洗女子の前日だったとする方が自然である)

であれば「西住みほ隊長ひきいる大洗女子学園」と言われたり、『大洗女子学園(隊長:西住みほ)』ぐらいの事は新聞に書かれるだろう(現実世界なら、みほの存在はマスコミにとって、色々おいしいんじゃないかと思うが、そこら辺に関する話は、ほとんど出てないので、とりあえず考慮に入れない)。
もしアリサの無線傍受が話題として取り上げられたなら、それを看破して逆利用したみほの機転も紹介された可能性が高い。
スポーツ紙なら『乾坤一擲の稜線射撃』ぐらいの見出しで、「IV号戦車車長・西住みほの決断により云々」という記事が出るかもしれない。

というか、それ以前に名門・西住流の家元として、将来の戦車道を担う選手たちが出場する高校生の全国大会は、1試合たりとも見逃せないはずだ。

と、そんなこんなを考えると、しほの耳目にみほの情報が入らないわけがないのだ。
したがって、まほに対する「あなたは知っていたの?」という言葉は、みほが大洗女子に転校して戦車道を再開させた事を問うているのではない。

 しほ 西住の名を背負っているのに勝手なことばかりして…これ以上生き恥をさらす事は許さないわ。
    撃てば必中、守りは固く進む姿は乱れなし。鉄の掟、鋼の心、それが西住流。

 まほ …
 しほ まほ?
 まほ …わたしは、お母様と一緒で西住流そのものです。でも…みほは…

この第8話の会話を何度目かに聞いた時、ふと思った。
「しほは、なぜ西住流のモットーを口にしたのだろう……?」
「まほは、なぜ自分を『西住流そのものです』と言ったのだろう……?」

そう、この会話が重要だったのだ。


II.「あの子に勘当を言い渡すためにね」


「みほといい華といい、大した理由もなしに、よく子供が家を追い出されるアニメだなー」
海外の方では、そんな感想が各掲示板に、少なからず出ていたようだが、意外と誤解されていたのが、みほが大洗女子に転校した理由。

確かに華は、母・百合の口から直接、
 「だったらもううちの敷居はまたがないでちょうだい」(第4話)
と勘当を言い渡されている。

ちなみに、私が華のファンになったのは、そのシーンを見たためだ。
 

何より、凛とした華の言葉と態度を目の当たりにして、みほの意識が劇的に変化する事を考えると、五十鈴華こそは総合MVPと思うのだが、そこに言及する人が全くと言っていいほどいないのは、実に悲しいことではある。

話を戻す。

このように華は正式に(?)勘当されているのだが、みほは西住家を追い出されて転校したわけではなく、戦車道のない生活を求めて、自分の意志で転校した。


すなわち、第8話におけるしほのセリフ、
 「あの子に勘当を言い渡すためにね」(第8話)
を聞けば、その時点でみほは、まだ西住家から追い出されていない事が分かる。
では、なぜ2回戦の終了後というタイミングで、勘当を決意しなければならなかったのだろうか。

その手がかりになるのが、「西住の名を背負っているのに〜」からの長ゼリフ。
実際のところ、いかに学生の自主独立精神を尊重する世界だとしても、お家芸たる戦車道をやめるだけに留まらず、転校までしてしまう事自体、相当『勝手なこと』だと思うのだが、しほは娘を勘当しなかった。
やがて大洗女子で戦車道に復帰せざるを得なくなったみほは、流れのまま全国大会に出場する事になるわけだが、しほは娘を勘当しなかった。

それが、大洗女子が準決勝まで勝ち進んだとたんに「勘当」という事は、全国大会の1回戦と2回戦で、しほを怒らせる何かがあったのだ。


III.「あんなものは邪道よ」


〔第3巻『鑑賞の手引き』〕によれば、ガルパンの世界には、英=フラー流・仏=フランス流・独=グデーリアン流など、各国に戦車道の流派があり、もちろん日本にも、複数の戦車道流派が存在する。
その中で特に名門とされているのが、しほが家元の西住流と、もう一つ『これが本当のアンツィオ戦です!』のスタッフコメンタリーで、水島が含みを持たせる発言をした島田流
その違いを公式設定で見てみると、

 例えば西住流は防御よりも攻撃を重んじ、機動力を生かした突破戦術に重点を置いていたのが比較的わかりやすいとして入門者が増加していった。
 それに対して島田流は機動力を生かすのは同じだが、連携と偵察を重視し、技巧的な戦術が多かったので、玄人向けとして大学やセミプロが学ぶことが多かった。
〔第3巻『鑑賞の手引き』〕

ここで、みほの戦術を振り返ってみると、
1回戦(vsサンダース):
 ・全5両中2両(M3リー+八九式)を偵察に出す
 ・偽情報で敵戦車を誘い出して待ち伏せ攻撃
 ・八九式を囮として、敵フラッグ車をキルゾーンに誘い込む
  

2回戦(vsアンツィオ):
 ・全5両中2両(M3リー+八九式)を偵察に出す
 ・M3リーを囮として、敵の主戦力M41(2両)を本隊から離す】
 ・38(t)を囮として、敵フラッグ車をキルゾーンに誘い込む
  

準決勝(vsプラウダ):
 ・3時間の猶予時間中、徒歩による偵察隊を出して、プラウダの陣形を確認
 ・囮の38(t)がプラウダの注意を引き付ける間に、本隊が包囲網を脱出
 ・プラウダのフラッグ車を見つけるため、優花里を偵察に出す
 ・走り回るプラウダのフラッグ車を仕留めるため、III突を雪中に埋める
   

決勝(vs黒森峰):
 ・もくもく作戦+パラリラ作戦
 ・その一方、ヘッツァーの待ち伏せ攻撃で黒森峰を足止め
 ・おちょくり作戦で黒森峰の混乱を誘い、本隊が山上から脱出
 ・残っている車輌の連携によってマウスを撃破
 ・残っている車輌でふらふら作戦を敢行、優勝旗を手にする


これを見れば分かるように、準決勝までは必ず偵察を出しているし(もし、みほの慎重案が採用されていたなら、準決勝も最初からM3や38(t)に偵察させていた?)、準決勝のところてん作戦から決勝のふらふら作戦までは、各車が連携して行ったトリッキーな戦術のオンパレードだ。
つまり、まだ公式からの情報が少ないため、確言は出来ないのだが、現時点で判断するに、みほの戦い方は極めて島田流に近い。

であれば、しほが『邪道』と目を吊り上げるのも当然だ。
あるいは決勝戦の試合開始直前、唐突に飛び出したエリカの発言、
 「見てなさい、邪道は叩き潰してやるわ」(第10話)も、『みほの戦い方は島田流もどき』と、暗に指摘しているのか。


ただ、みほが好んで技巧に走ったとは言い切れない。
もし手持ちの戦車が、質量ともに充実していれば、西住流の大胆さに慎重さを加味した、みほらしい戦術を見る事が出来たかもしれない。
しかし、相手チームの半分以下の車輌数に加えて、戦車の質も玉石混交、アパッチ野球軍のごとき寄せ集めでは、到底それは無理な相談だ。
でも戦うからには勝ちたいし、勝てないまでもいい試合をしたい。
とはいえ、選手がケガをするような無理は絶対に出来ない。
となると、とりあえず必要なのは相手の情報になるから、偵察は欠かせない。
それで状況を把握できたとしても、まともに正面から撃ち合えば敗北は必至。
だから、どうしても西住流のセオリーから外れた戦術を選択せざるを得ない。
そんなこんなで、結果的に島田流のような戦い方になったのだろう。

だとしても、伝統ある流派の内、特に勝利を尊ぶ西住流の家元としては、理由はどうあれ、他流を認める事は出来ないだろうから、娘がライバル関係にある流派のような戦い方をしたとなれば、怒り心頭となって当然だ。
特にアンツィオ高との一戦では、彼我の戦車の性能を考えれば、もっと積極的な戦法を採ってもよかったのに、マカロニ作戦を看破するまでは、極めて慎重に動いていたから、そういう腰の引けたような戦い方が、しほの逆鱗に触れたのか。
さらに、『比較的わかりやすい』西住流よりも、『玄人向け』の島田流に寄ったみほに、バカにされたように感じて――というのは、さすがに考えすぎか。

ただ、そうした理由で、みほを勘当する気になったのだとしたら、準決勝で3時間の『休戦』に入った直後(第9話)、憮然とした表情で立ち上がって、


IV.「帰るわ、こんな試合見るのは時間の無駄よ」


と言ったのは、どういう事か。
試合会場に来たのは、勘当を言い渡すためなのに、そこで帰ってしまっては、何にもならないではないか。

まあ、ガルパン内で言われている『勘当』は、華のケースで分かるように、「しばらく外で頭を冷やせ」といった程度のもので、民法などに規定があるわけでもなさそうだから、面と向かって言い渡す必要もないのだろう。
とはいえ、やはり猛省を促そうと思えば、対面して勘当を宣告する方が効果的だろうし――

てなことをグダグダ考えてみたんだが、要するに、しほの『勘当を言い渡すために』は、単なる口実だったんじゃなかろうか。
というのも、試合終了直後(第10話)の母娘の会話、

 しほ あんなものは邪道よ。決勝戦では王者の戦いを見せてやりなさい。
 まほ 西住流の名にかけて、必ず叩き潰します。


の後、舞台は大洗女子に移るわけだが、そのシーンにおける桃のセリフ、

 河嶋 準決勝、ご苦労であった。本日は戦車の整備に当たれ。


を聞けば、『本日』がプラウダ戦後、初めての練習(授業)という事が分かる。
また、「自分たちで整備しろ」という意味のセリフからは、自動車部によるメンテナンスが、すでに完了している事が窺える。
したがって、『本日』は準決勝の2〜3日後と考えていい。

さて、この日のみほを見てみると、生徒会三役と作戦会議をしている彼女に、いつもと違う様子は見られない。


また、ポルシェ・ティーガーが登場してからというもの、苦笑の止まらないみほではあるが、特に落ち込んだ様子も見られない。
   


ところで、みほと言えば精神的に打たれ弱いのが特徴(?)だ。
第1話で、会長に「『戦車道』取ってね」と選択を強要された時から始まって、


まほの「どんな時でも逃げ出さない事ですね」(第2話)、


亜美の「西住師範のお嬢様じゃありません?」(第2話)、


ダージリンの「あなた、お名前は」(第4話)、


まほの「…まだ戦車道をやっているとは思わなかった」(第5話)、


カチューシャの「あら、西住流の」(第8話)


といった具合に、何か言われる度ごと、心の動揺を顔に出している。

そんなみほが、第10話の練習終了直後、

 河嶋 相手は黒森峰女学園!

という言葉を聞いた時、以前なら俯いたり眉根を寄せたりしたと思われるところ、その表情を引き締めて背筋を伸ばしているのだが、


この時、彼女が動揺しなかったのは、彼女自身の精神的成長に加え、『負ければ廃校』の厳然たる事実が、黒森峰の存在よりも大きかったためだと思われる。

そこで、だ。
もしもプラウダ戦後、しほがみほに勘当を言い渡していたとしたら、「相手は黒森峰!」で平静を保っていられただろうか。
いくら廃校を免れるために頑張ろうと思っても、いくら精神的に成長していたとしても、黒森峰→まほ→しほ→勘当という負の連想により、多少は(´・ω・`)という顔になるはずだ。
ゆえに、準決勝が終わった段階で、しほは末娘に勘当を言い渡していないと思われる。

であるなら、しほが準決勝を見に来た理由は、勘当を言い渡すためなどではなく、単に『みほが見たかったから』。
すなわち、以下に述べるような事情があったとは考えられまいか。


「血管にオイル」だの「和製スコルツェニー」だの、周囲の人間は好き勝手な事を陰で囁くが、中高生ぐらいの時のしほは西住流に馴染めず、ひとり悩んだ時期さえ、あったかもしれない。
挫折して逃げて立ち直ったみほの姿は、もしかしたら、しほ自身が通って来た道なのかもしれない。

だから、みほが黒森峰から逃げた時、何も言わなかった。
大洗女子学園で戦車道を再開した時も、何も言わなかった。
ただ、新聞記事に書かれた大洗女子=みほの戦い方が、西住流らしくなかったので、ちょっと哀しかった。

しかし目の前には、まほが座っている。
落胆した顔を見せるわけにはいかないから、怒ってみせた。
そうしたら、まほが妹を庇うような言葉を口にしたので、嬉しくなった。
でも、喜ぶわけにはいかないので、もっと怒ったふりをしたら、我知らず『勘当』と言ってしまった。

そして試合当日。
不安と心配を鉄仮面で隠しながら試合を観ていたら、大洗女子=みほがプラウダの罠に掛かって絶体絶命になった。
かわいい娘の、そんな姿を見ていられず、適当な理由を付けて「帰るわ」と立ち上がったら、まほに引き止められてしまった。
仕方ないので見続けたら、みほのチームが大金星を上げた。
でも、まほが横にいるので喜ぶことも出来ない。
そこで、批評らしい事を適当に言って、まほに発破をかけると、『勘当』を忘れたふりして、そのまま帰った。
まほも、みほが勘当されたら哀しいので、黙っていた。

てな風に考えると、若さも愛嬌もない顔が、何かいぢらしく見えて来るではないか。

ただ、これだと流石に家元らしさに欠けるから、どうしたものかと思っていたら、こんなコラージュを見つけた。


どこのどなたが作られたのかは存じませんが、このしほさんこそ『我が意を得たり』。

ガルパン・ファンの間では、しほは絶対に冷血でなければならないというのが大勢であり、その血を多く受け継いだのが長女まほ、気が弱い次女みほは、婿養子(仮)の父に似たという事になっている。
が、やはり美人は冷たいだけじゃダメだと思う。
たとえ経産婦だろうと更年期ど真ん中だろうと、盛りを疾(と)うに過ぎていようと友人が一人もいなかろうと、美人には変わりないのだから、やはり『冷徹』だけではいけないと思うのだ。

でも、あのキャラクターに微笑は似合わない。
というわけで、その直前に見せる↓この顔こそが、彼女のベストショットだ!


この絶妙な拗(す)ね具合!
引力に負けまいと必死な胸!


だから皆さん、しほさんをいぢめないであげて下さい。
彼女だって西住の家を守るために必死なんです。


…何を言おうとしていたのか、分かんなくなっちゃった。


〔戻る〕


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